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最近の道場事情

こんばんは、OSSです。

最近、ゼミのおかげで道場から遠ざかっています。

子供の指導は穴を開けると迷惑がかかるので、極力穴を開けないようにしていますが、、ここ数ヶ月、指導が終わるとすぐに電車に飛び乗るような感じでした。だから、悲しいことに最近の道場事情に疎くなっていたりする。

先週は、近くの大学が道場を会場として演武会を行った。そういうイベントがあるということは前々から聞いていたが、直前まで参加するのかしないのか返事をしていなかったものだから、当日のこのこ出て行くとぶっつけ本番で演武するはめになった。

まぁ、受けをとってくれた人とは何度か演武をしたことがあるし、有段者だし、奇抜な技をしなければ確実に受け身をとってくれると信頼できる人だから心配なかった。それに最近は何となく技が無意識に出る。だから攻撃パターンは受けの人にお任せして、技はそのときの気分でするからといって決めなかった。演武的にはどうかと思うが、ぶっつけ本番でする場合は下手に技を決めておくとそれを意識して動きが悪くなるだろうから、それでいいじゃないかと思う。

演武をしたので、でかい顔して大学主催のレセプションに参加。OSSさんにこんな席で会うのは久しぶりと関係者から言われる。そういえば、道場以外にこういう席に出席しなくなってどのくらいたつだろう。自分の大学の演武会にすら出席しなくなって久しい。忙しかったり、日程が合わないなどの理由はあるが、生き方が定まっていないことに対する気後れがあることは否定できない。

レセプション後は師のお供でさらに道場関係者と飲み歩く。

酒の席で、今度の審査で兄者が二段を受けるかもしれないと言うことがわかった。これまで師は兄者の二段受験を止めていたのだが、今回は「受けてもいいよ」とおっしゃった。僕的には「受けてもいい」とは「受けなさい」という意味だと解釈したのだが、兄者は受けるかどうか迷っていた。そこで兄者に受験を決意させるべく、その場で次回の稽古では二段審査の特訓のお手伝いをさせていただくと申し出た。

そして、今日。兄者の特訓をお手伝いした。

その前に子供の指導。師は仕事の都合で今日の稽古にこられないことを知っていたので、オープンフィンガーグローブ人数分とミットを持参して道場入り。打撃の練習と称してボクシングもどきを子供たちに教える。「拳はインパクトの瞬間だけ握り込む」「ストレートは体重を乗せろ!」「打撃はリズムだ!三三七拍子!」「諸君のパンチは軽いのだ!」。完全に合気道ではなく独自路線。まぁ、鬼の居ぬ間に洗濯と言うやつです。後半稽古ではちゃんとした合気道の指導を受けました。

そして後稽古で兄者の特訓。

座り技を中心に短刀取りと二人掛け。受け身をとってみたが驚いた。

うまくなっている!

受け身をとりながら師の言葉を思い出した。

「あんたは必ず二段にするから心配せんでいい」

師は、かつての鈍く重い兄者の技から、今日のこの日がくることを知っておられたのか。失礼な話だが、僕は年齢的にも兄者はもう変わらない、完成したのだと思っていた。しかし兄者は成長した。師曰く「もっともっとうまくなる」。そして、酒の席で師は兄者に言っておられた。「OSSさんの子供の指導をよく見ておきなさい。先ではあんたがすることになるだろうから」。

予想外なことだったが、これからの兄者の成長から何かを学べそうで楽しみだ。刮目せねばなるまい。

以上

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講師研修に参加

こんばんは、最近何かと忙しいOSSです。

今週は委託ながら仕事を一つ手に入れました。高校生相手の個別指導です。

全国的に展開している、結構大きな会社が経営しているので、普通は採用されるのは難しいようですが、高校古文を教えられる人を募集とあったので応募したら採用された次第です。

しかし採用試験が解せなかった。

国語講師で応募したにもかかわらず、試験は数学か英語の選択。簡単な試験ですからという採用の人の言葉を信じ、英語を選択したが結構難しかった。しかし、結果は合格。僕の場合は必要に迫られての採用だったのだろう。

今日、合格者だけを集めた研修を受けた。結構な数の人が受けたと思うが今日の研修に来た人は数名。ほとんど不採用だったようだ。

研修内容は、会社方針の説明、指導上の注意、適正テスト。そしてPCによる研修。講師として気をつけるべきこと、法律上の諸注意など、フラッシュアニメーションで作成されたものを受講し、確認テストを受ける。社長がアニメーションと教育の融合とか言っていたが、なかなか興味深い会社です。

今日は受講しなかったが、そのほかにノートの取り方や暗記の仕方、集中力をふまえた効果的な勉強など、セミナー系の有益な講習もある様子。これらを採用された講師は無料でいつでも受講できるという。今まで、そういうことは独学で研究してきた感があるが、先達に学べるのであれば、それに超したことがない。指導だけでなく自分の勉強にも反映させてもらおう。

しかし、組織勤めは性に合わないなど、斜に構えたことを言いがちな僕だが、あらためて組織のすごさを感じた。アニメーションと教育の融合にせよ、ネット上に講義を置くにせよ、同じようなことは僕も考えていた。しかし、僕個人がどんなに努力しても形にできない。なんだかんだ言っても、組織にはかなわないと言うことだ。

しかし研修中、ん!?と思うこともいろいろとあった。

まず、研修ではセクハラや生徒との私的交流の禁止を何度も念を押された。はじめは何を当たり前なことをと思って聞いていたのだが、何度も言われるとうっとうしくなった。そして「たとえ合意の上であっても18歳未満との性的接触は条例で処罰されることがあります」と言われた時、さすがに不快になった。そんな奴、教育に携わる資格はないだろう。先生以前の問題だ。考えるだけでも汚らわしい。万が一、僕がそのようなことをしでかしたとしたら、去勢してもらっても結構。何なら、今しようか(教育に対する気合いのほどを表現しているだけです。できれば切りたくないです)。まぁ、そんな奴が今結構いるんだろうな。

また、生徒はほめてのばす、体罰は絶対禁止といわれたときも、何か違和感を覚えた。基本、ほめてのばすことに異論はない。しかし、時に手が出ることも必要ではあるまいか。反社会的というのは極端だが、自身の成長を大きく阻害する考えや態度をとる者には、それ相応の対処というものがあると思う。また、人間謙虚でなければならない。ほめられることしかない人間には、人間の卑小さや偉大さがわからない人間になってしまう者もいるのではないだろうか。過度の暴力はいけないが、人を見て、メッセージのある手の出し方はあってもいいと思う。ようは体罰の是非ではなく、教育に携わる覚悟の問題ではあるまいか。

さらに、先生と生徒は対等という発言にも引っかかった。確かに人間として本質的に対等かもしれない。しかし、形式的には対等である必要はない。僕の持論だが、先生とは先に生きると書く、生徒とはイタズラに生きると書く。つまり、先生と呼ばれるものは自らの生き様を表現することが求められ、生徒はそこから自分の生き様を考えるものであると思う。それが教育。だから、あわせるべきは、先生ではなく生徒である。もちろん、指導のために生徒の目線にたつ努力は必要だと思うが、対等であるはずがない。それを教えるのも教育だと思う。

僕の考えが古いのかもしれないが、今日の研修は僕の教育観に何度か抵触した。それは会社の方でもわかっているようだった。わかっていてあえて言っているのだ。この点は考えないといけない。ここは学ぶべきことが多いなと思った。

ふと思った。人権思想は世の中をよくしたと思う。しかし、教育には悪影響を与えたのではなかろうか。自分の性格を自己中と評してはばからない人間の増加。今やできちゃった婚は4組に1組だそうだ。これを日本社会が自由な社会になったことの現れであり、文化の発展と評する向きもあろうが、僕にはそれが人間の質の低下としか思えない。会社は人権思想にあった教育のあり方を模索しているのかもしれない。

そういえば、先日、どこぞの知事とその教育委員会がもめてたな。争点の一つに教育に競争原理の導入の是非があったが、そんなこと問題にする方がおかしいと思う。競争は自分がしたい分野ですべきだ。僕は法学に対する学力アップや講師スキルに関しては競争したいと思うが、それ以外はどうでもいいことが多い。どうでもいいことで競争に巻き込まれても迷惑だ。つまり、一概に競争といってもいろんな分野での競争がある。どこの分野で競争したらよいか、あるいはするべきか、それにはまず自分と向き合わなければわからない。それから、競争は人とするもんじゃない。究極的には自分とするものだ。他人は自分の投影でしかない。そういったことをふまえずにする競争など、ただのゲームだ。本能に根ざした心理的反応でしたない。それに効用があるのは認めるが、そのうち飽きるか、むなしさを覚えるだけだ。どんなにおもしろいゲームだって、これができたからといって何になるんだろうって飽きるだろう。

先人の生き様から自らの人生を考え、自分と向き合うことで自分の人生をかける場を定める。教育とはそのことの意味を伝えるものだと考える。教科の指導など、そのための手段でしかない。大人とは自分の生き方を持っている人間のことだ。

以上

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都市マラソン

こんばんは、OSSです。

定年退職した父が、とある都市マラソンに挑戦することを考えています。

メタボの疑いがあり、腰痛持ちの父の体調を思えば、息子としてはあまり賛成できないのだが、今日、先日行われた地元都市マラソンの番組を見る機会があり、少々考えが変わった。何となくみんな楽しそうだった。

父が調べろとうるさかったので、父が挑戦を考えている都市マラソンをネットで調べてみた。

種目はフルマラソンと10㎞マラソンがあった。さすがの父もフルマラソンは考えていないはず、10㎞くらいなら大丈夫ではないかと思い、HPをコピーして渡すと、最低が10㎞だと知って父は急速にモチベーションを落とした。父的には5㎞くらいをがんばろうと思っていたらしい。

10㎞がどのくらいなのかネットで調べてみると、時々僕が走ってる距離がだいたい5~8㎞だとわかった。思ったほどの距離ではない。何となく僕の方が興味を持った。

そこで、今日、ネットで調べた10㎞コースを走ってみた。

完走を目標に軽く走ってみたところタイムは55分。走りきった後、あまり疲れはなかった。もう10㎞いけないこともないくらい余力があった。

去年の30代の一位が30分くらいで走っている。今日の約2倍のスピードか。

中学時代はバレー部だったが、陸上部の助っ人で駅伝に出たことがある。本職は無茶苦茶早くてついて行くのがやっとだったが、30代にもなればかなり衰えているのではなかろうか。

でてみるのも悪くないかな。。。。

以上

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もののはずみで

こんばんは、着膨れOSSです。

ここ数日急激に寒くなりましたね。エアコンずっとつけていると気分が悪くなるので、今のところ厚着でしのいでます。

時に、ただいま補じょ校から撤収する機会をうかがっています。理想は今年中に補じょ校に変わる収入口を見つけ、年明けから移動したいと思っています。

どんな形であれ、来年の本試験を受けたいと思っているので、勉強時間確保のためフルタイム労働は支障がある。かといってまたく働かないというのは状況的に不可能。悩ましいところであるが、現在2、3履歴書を送っているところがある。

その中の1つから今日電話が来た。

そこは法律関係の事務系の仕事。やや拘束時間が長いものの、事務系だから勤務時間外の準備は基本いらないはず。予備校からも近いので業務終了後は自習にいける。法律を使う職場というものもいろいろあるだろうが、現場でどのように法律が機能しているのか、少なからず興味があった。

かかってきた電話の内容は、応募したことへの感謝と今回採用できないことへのお詫びだった。なんでも予定していた企画が中止となり募集そのものをやめたそうな。うーむ、残念。

しかし、事務職とはいえ自分がそういう職場で働けるのか、少なからず気後れ、恐れがあったのだが、電話をかけてくれてきた職員の人と話してみて、何となくやれそうな気がした。

そういえば、今読んでいる本の最初の「はじめに」に感銘を受けた。

「文章教室を始めてみようと思う。こういうものは、もののはずみという感じに、気がついたらやり始めていた、ってふうでなければならない。教室だなんて言っちゃって、私にそんなことする資格があるのだろうか、などとごちゃごちゃ考えたらろくなことにならない。私は自分のことを名文家だと思っているわけでは決してなく、なんて言い訳を書けば、どんどんいやらしくなるだけだ。」(「大人のための文章教室」清水義範著より)

時には、度胸とはったり、そして帳尻あわせでしのぐ生き方というのもありだと思う。

そればかりしている気もするが。。。。。

以上

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甥の誕生日

こんばんは、甥煩悩なOSSです。

昨日は甥の誕生日でした(ゼミのある日でもあったのですが…)。妹の嫁ぎ先からOSS家全員(犬も含む)招待されいましたので行ってきました。

今回僕が甥のために用意したプレゼントはブランコ、すべり台付きの屋内用ジャングルジム。少々値が張る上に、妹の嫁ぎ先の住宅事情を顧みない選択ですが、甥が気に入ること間違いなしです。
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約20日ぶりに合う甥は前よりもしっかりした足取りで、意思疎通もかなりできるようになっていました。OSS家の構成も心得ているようで、父は「じいじ」、母は「バーバ」と呼び、僕は「じったん」です。それぞれ、おじいさん、おばあさん、伯父さんと言わせようとしているのですが、まだ無理なようです。しかし、犬の名前「ハッピー」だけははっきり発音できます。ハッピー的には傍若無人な甥をあまり好きではないようなのですが、甥はハッピーが大好きで、帰るまでずっとハッピー、ハッピーと後を追い回していました。

僕は日頃滅多に遊んであげられないので、このときとばかりに甥の相手をしてやる。その間、ごちそうの準備が着々と進む。

甥が少々疲れた頃に食事の準備が整った。いろいろな食べ物にアレルギー反応を示す甥は何でもは食べられないのだが、その点、栄養士である妹がばっちり手作りしていた。甥は妹の子となるべく生まれてきたのだなと思った。
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みんなで乾杯をしたあと、甥は旺盛な食欲を見せた後、すぐに眠ってしまった。何でも朝の5時から起きて活動していたらしい。子供心に今日が何の日かわかってて興奮していたようだ。

甥が昼寝に入ったところで、ジャングルジムを次の間で組み立てる。ほとんどのパーツがプラスチックでできており、安全設計なのだが、パイプとジョイントをつなげる作業にひどく力が必要だった。当初は男連中みんなで作る予定だったのだが、父と義弟は楽しそうに飲み食いしていたので結局一人で作りきってしまった(おかげで今でも左手の感覚がおかしい)。
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作り終えてしばらくして甥は目覚めた。次の間にみたことのない建造物がある。当初、それがなんなのかわかりかねていたようで、キョトンとしていたが、次第にそれが遊べるものであることがわかり、ニヤリと笑った。

甥はみんなから進められるままにすべり台を滑ってみた。

笑顔が爆発した。

それ以降、何度滑ったことだろう。ブランコもジャングルジムもあるのだが、ひたすら三段の階段を上り、すべり台から滑る動作を繰り返した。そのうち自分だけ滑るのは悪いと思ったのか、ハッピーも滑らせようとすべり台の上で「ハッピー、ハッピー」と手招き。嫌がるハッピーを台の上にのせ、滑らせてみた。ハッピー的には大迷惑だろうが、甥は大喜びであった。
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帰る頃になると、甥は寂しそうにべそをかいたが車が出る頃は聞き分けてくれた。妹から抱かれたまま、大きな声で「ばいばーい」と、いつまでも手を振ってくれた。

そして、今日補じょ校で仕事をしていると妹から動画付きのメールが届いた。甥は朝の5時からジャングルジムで遊んでいるそうな。「そのジャングルジムは誰が作ってくれたのかな?」と聞くと、甥は「じったん」と答える。よく仕込まれています。

甥が誇れる伯父でありたいものです。

以上

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再燃

こんばんは、書類審査には強いOSSです。

最近気がつきました。こんなもの設定した覚えはないのですが、このブログの右下に「検索フレーズランキング」なるものがあります。

昨日たまたま、そこから自分の過去のブログ記事を読みました。

「教育界では少子化は深刻な問題です。でも見方を変えると、それは1人1人の教育水準を上げるチャンスなのです。日本人は高度経済成長時代、馬車馬のような労働で経済発展をしてきました。でもこれからは違います。インフォームドコンセントの浸透、裁判員制度の導入など、あきらかに高レベルの国民を前提とした社会制度ができつつあります。これからの時代、ごまかしの仕事はできません。あらゆる分野でプロの仕事が要求されるのです。それは教育も同じです。十把一絡げで知識の垂れ流しをする教育ではなく、人間を教え育む教育が評価されるのです。またそうでなければならない。教育は国家百年の計です」

我ながらいいこと書いてます。読んでいて思いました。この頃は青臭くはあるが元気だな…

…ん、OSS、おまえいつの間にか腐ってないか!?

いかん! いかん! 多少の人生経験を積んで小利口になったからといって、今も昔も主張も信念も理想も変わってはない。環境が厳しいもんだからついつい卑屈になっていた。

今の状況は自分が選んだこと。苦しくはあるが一片の後悔もない。仮に生まれ変わってもう一度やり直せるとしても僕は間違いなくこの道を選ぶ。法曹への道、人に人間の強さと未来の希望を伝えられる者になるための道です。

さて、そんな折しも、今日予備校から書類審査を通過したので試験を受けるようにとのお達しがきた。

先日、教育業界から足を洗うだの何だの言っておいてなんですが、来春に新たに予備校が開校するらしく人材急募だったので応募してました。思えば僕が教育に携わるのは、これからの若者に人間の強さと未来の希望を伝えんがため。補じょ校にはいなかったが、そこにはきっと僕のメッセージを欲する若者がいるはず。

今回は、いつぞやの採用試験のようなへまはしない(結果採用されたのだがぜんぜん仕事くれない)。できる限りの準備をしてベストコンディションで臨みます(そのために何のかんの言って試験日を延期してもらった)

以上

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アナログ回帰

こんばんは、寝るときにはマスクをして寝るOSSです。

最近朝起きると喉が痛いことが多いのです。副業とはいえ、しゃべることが仕事ですから風邪はもちろん、喉にも気をつけないといけません。

しかし一時、頬にゴムの跡がついて消えないのは何とかならないものか。

話変わって、単発的な小さな知識の修得の仕方を改めようと思う。具体的にはアナログ回帰。情報カードを利用しようと思う。

これまでPCの暗記ソフトを使っていたが、量が多くなると管理が難しくなった。現在、カードにして約二千項目つくっていることになっているが、いまいち実感がない。

復習の際にランダム出題機能を使ってチェックするのだが、あとどのくらい問題があるのかわからず、際限なく問題が出されるようでうんざりする。また、チェックをするのにいちいちPCを立ち上げないといけないのが面倒だ。主に電車の行き帰りをその時間に充てているが、小さなUMPCであっても、やはり電車の中で立って使うにはでかいし、また動作が鈍い。

そこで情報カードをメインにして、PCデータの方はバックアップという位置づけにしようと思う。その方が、覚えたいものだけを手軽に持ち歩ける。また情報カードだと文字だけでなく図や表で表すこともできる。暗記に図や表をよく使うのでその方がやりやすい。

これまでつくったものはプリントアウトして確実に覚えていないものだけカード化しよう。PCが使えるとき(電車の中で座れるときなど)は記憶のメンテナンス、使えないときはカードで暗記です。

以上

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ねむ

こんばんは、マックのコーヒーは値上げしすぎだと思うOSSです。

180円とは…、缶コーヒーの方が安いよ。

昨日の夜、デスクトップパソコンがようやく復活しました。購入したお店で調べてもらった結果、原因はハードディスクの故障でした。ハードディスクを入れ替えてもらい、OSを再インストールしてもらった。これで購入した時の状態です。最初の検査も含めて費用は二万円也。痛すぎる出費です。

家に持ち帰り、数時間かけて必要なソフトをインストール。その間本を読みながら悠々と作業していたつもりだったが、主要なソフトをインストールし終わり、寝る頃にはなぜか疲労困憊でした。

そして今日は一日眠かった。

補じょ校での仕事が終わり予備校自習室へ移動。法律の勉強をはじめるとすぐ、耐え難い睡魔に襲われ、自習室に突っ伏して寝てしまった。二時間近く…

自習室は有料。まったくお金払ってまで寝ることないのに…

PCを長時間さわっているとこうなる気がする。肉体的にではなく精神的にすり減って、それを補うために睡眠が必要となる。げに、文明の利器とは恐ろしきもの

まぁ、単に弛んでるだけなのかもしれない

以上

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デフラグ軽視の報い?

ノートパソコンからこんばんは、OSSです。

先月くらいから、デスクトップパソコンの調子がおかしかった。とくに一太郎を動かしていると動作が不安定になる。一太郎のみ再インストールを試みたが、やはりどこかおかしい。しかし、OSの再インストールからはじめると一日仕事になってしまう。時間が惜しかったので騙し騙し使っていたのだが、どんどん動きが悪くなってゆく気がしていた。

そこで昨日、寝る前にOSを上書きするように再インストールを試みたところ、なぜか「あと34分」で謎のフリーズを繰り返す。次に日の仕事を考慮して昨日はあきらめた。

そして今日、仕事から帰ってきて再び上書き再インストールを試みる。何度か失敗したが何とか成功。ハードディスクのデータが消えることを覚悟していたら、消えなかったのでもうけたと思った。しかし、一太郎の起動を試みるとソフトがフリーズ。前より酷くなってしまった。

購入したお店に電話して再インストールしてもらえるか聞いた。時間が惜しいので安かったら頼もうかと思った。購入して一年立つか立たないかくらいだからもしかしたら保障内かもしれないとも思った。

保障は先月の23日に切れていた。再インストールは8000円だそうだ。時間ももったいないがお金ももったいない。

しょうがないので腹をくくって、筐体空けて、掃除機で大量のほこりを吸い込み、ハードディスクのフォーマットからはじめています。

やれやれだ。そういえばつぶれた塾での同僚の理系の先生がデフラグの大切さを言っていたっけ。やっぱり定期的にデフラグしないといけなかったのかな。購入して一年、まともにデフラグなんて一回もしたことないや。あれ長いんだよな。

以上

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最高に贅沢

こんばんは、OSSです。

昨日一日使って、今週の補じょ校の授業準備を全部しました。

今日は、久しぶりに受注した小論文の添削業務も終わらせました。法律学習の方は、学習計画を立て直し、今日予定していたノルマをこなした。

つまり、やることやった。

やることやってから、楽しみを満喫するのは楽しさが違います。最高に贅沢な気分を味わえます。

例えるならば、極限まで我慢したサウナからでた時の爽快感。お腹が空いて空いてたまらない時に食べたおにぎり。そんな感じでしょうか。

のべつ幕なく、だらだらとノルマをこなしたり、好きなことを貪らないよう心がけています。正常な感覚を保つためにはメリハリが大切です。

だから、ニンジンを設定する。これが終わったらあれをしよう。それまでつらくてもがんばろう。そういう心がけが大切ではないかと思う。

読み出したら読み終わるまで読んでしまいそうな本が一冊手に入った。見たかった映画のDVDをレンタルした。勝手まで読む数少ない漫画の新刊を古本屋で購入した。予定ノルマを消化した達成感を感じるときに手を出そう。

さしあたって今から、今日放送があったガンダム見ます。楽しみ、楽しみ

以上

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衰退業界

こんばんは、OSSです。

倒産した塾から未払い給与の何割かが振り込まれるようです。少額ながら助かります。

今日、補じょ校のキャンパス長の先生から来年の勤務の打診が来た。僕もなんだかんだ言って、オープン当初からのスタッフの一人であり、そつなく業務をこなしていると思う。先生もその点を評価してくれて、来年以降も続けてほしいと言っていただけた。しかし、解答を保留にした。

理由は二つある。

一つは金銭的なこと。当初の予定では、勉強時間確保のため来年の7月まではフルタイムでは働けないと考えていたが、少々状況が変わり、来年の7月まで今の状態を維持することは不可能になった。

そしてもう一つ、この業界(教育産業)から足を洗おうかと思っている。

ブログを更新していない間、ハローワーク経由で実家からそれほど離れていない個人経営の塾の面接を受け、その場で採用された。しかし、一日研修を受けただけで解雇されてしまった。

解雇理由は受験生が大量に他の塾に移ってしまい、経営的に新しい先生を雇い入れることが困難になったかららしい。「先生のような方は喉から手が出るほどほしい人材であったのですが…」。塾長先生は残念でたまらないといった感じであった。お世辞でもうれしく、僕にとってもそこそこ条件がよかったので残念だが、まぁ、縁がなかったのだろう。

その塾で一日だけ席を並べた先生とお話したのですが、この業界は少子化の影響が深刻らしい。今後多くの塾や予備校が倒産するだろうとのことでした。僕が長年お世話になった、倒産した塾は、ある年から生徒が激減した。それは新しいシステムを採用して自滅したと思っていたのだが、それ以前に少子化の影響が大きかったのかもしれない。

最近は子供の数も少しずつ増えているらしい。子供がいる限り、この業界がなくなることはないのだろうが、それでも向こう三十年は冬の時代は避けられないだろうとのこと。

真に実力があり、仕事に人生をかける気概がある者は食いっぱぐれることはないはずだと思う。僕にしても、もてる能力の全てを注げばこの業界で生き残る自信が少なからずある。しかし、今の僕は中途半端だ。

国家百年の計といわれる教育は男子一生の仕事とするに値すると思う。しかし、弁護士になるという思いはまったく衰えていない。衰えていない以上、教育の仕事に100%集中できない。

かといって法律学習にも100%集中できていない。僕の主観的な要因は置いておくとして、糊口をしのぐためにする仕事として考えると、今の仕事は割に合わないなと思っている。現在、補じょ校では週12時間教壇に立っている。一時間の時給は安くはないが、その準備時間を計算に入れると時給500円以下になりかねない。それを将来への投資として考えることもできるが、今は投資できるほどの余裕がない。

また、準備して講義に臨んだところで、ほとんどの生徒は身につけてはくれない。今日は講義中、板書をしている間、一人の生徒に黙って教室を出て行かれた。久しぶり講義に顔を出したかと思ったら、開始20分もせずに「何時までするのか」とか、「まだ書くのか」とか、「もう終わろう」とさんざん水をかけたあげくのこの行動。怒る気にもなれないというのがどういう心境なのか経験させてもらった。

そういうわけで、来年度の業務継続に対する解答を控えさせてもらった。その際、先日解雇された個人経営の塾を理由に金銭的に難しいと言い訳しておいた。キャンパス長の先生は僕の事情は最大限尊重したい。週一日でも来ていただけるのであれば、先生にあせて時間割をつくるとまで言ってくれた。ありがたいことです。

教育は衰退業界だが、例外的に不登校関係の学校はどこも業績を伸ばしている。業績云々で語るべきことではないかもしれないが。

以上

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横着な自尊心

こんばんは、OSSです。

前回、暗記週間の欠如が僕の弱点だと自己分析しましたが、もっと根本的な問題があると考えています。

ところで「天は自ら助くる者を助く」といいますが、それは本当ですね。人生において必要なときに必要なものにであうことができます。全ては必然と言うことでしょうか。

先日、補じょ校の授業で「山月記」を講義しました。主人公の性格にピンと来るものがあった。主人公が虎になってしまった原因は「尊大な羞恥心」と「臆病な自尊心」ということになっています。表面上の性格は違えど、僕と主人公は似ているなと思った。僕の場合は、さしずめ「横着な自尊心」と言ったところでしょうか。

国語という科目は、独特なスタンスで取り組まなければなりません。ある人は「批判を許されない被告にならなければならない」と表現していましたが、僕は学生には「教えを請うスタンス」だと教えています。筆者の主張やその根拠を批判してはならない。一読して意味がわからなかったら、それは文章が悪いのはなく、自分が未熟なのだと考え、肯定的に解釈し、つじつまを合わせるようにしなくていけない。そうすることによって、自らの考えの至らなさに気づくことができ、考えを深めることができるようになると考えています。

何のために生きるのか、人に何を伝えられるのか。

こういう問題意識を持っているので、そのスタンスは僕の価値観にしっくりくるようです。おかげで同年代の人間より、比較的僕は人生に対する考察が深いのではないのか自負しています。そして年長者に限らず、レベルの高いと思う人間のアドバイスはどんなものであれ、謙虚に聞きますし、それはおかしいのではないかと思うようなことがあっても、よくよく考え、身になるように考えるようにしています。

しかし、それは自分の問題意識、人生に関することの場合であり、そうでない場合はシャットアウトしてしまう。「人生に無駄なものはない」と言われるようにそれに関することという基準はかなり広範な情報に関心を持つことができるから、それでかまわないと思っていた。しかし最近、その基準が取りこぼしてしまう分野で、大切な情報もあり、それを身につけなければならないのではないかと考えている。それがないため僕には限界があるのではないだろうか。

具体的には、僕はもの考えない人間を見下す傾向がある。とりわけ人生に対する考察をしない人間など、極端に言えば価値がないと考えているようなところがある。だから、僕は自分勝手な人間が大嫌いだ。

というと僕は保守的な人間のように思われるかもしれないが、保守だとか革新だとかは僕にとってはたいした問題ではない。自分が何のために生きているのか、じっくり考え、信念を持って社会を変えようとする者には、たとえ被害を被ったとしても一目置くだろう。反対に、昔ながらの決まりや伝統、何かしらのマニュアル、時代的な風潮に盲目的に従って生きている人間は受け付けない。

そういう価値観でいるものだから、僕は短絡的な「人の弱さ」が理解しがたい。他人から馬鹿にされないようにしているのか、やたら攻撃的だったり、不利な状況に陥るのが嫌でたまらないのか、あらゆることに懐疑的だったり、自分で責任をとることが怖いのか、都合のいい自己主張はするが義務を果たそうとしない人間の相手をするのがひどく疲れる。昔はそんな人間はごく一部の例外だと思っていたもんだが、最近はかなり多いと認識を改めた。

だから、そういう人間達の文化には拒絶反応を示してしまう。一例を挙げると若者文化が嫌いだったりする。学生時分から、周りの人間がする、誰々ちゃんは誰々君が好きだの、誰々と誰々は付き合っているだの、別れただの、どうでもいい。さらに奇抜なファッションが不愉快。髪染めたり、厚化粧したり、ケバケバしくしなくていいじゃないかと思う。反抗的な態度をとるのが格好いいとか思っているようなのは鬱陶しくて仕方がない。

おっと、話がそれだした気がする。

つまり、僕の持つ「横着な自尊心」とは、人生に対する真摯な姿勢、考察をして、成長する気概を持っているという「自尊心」を持つ反面、自分が価値がないと判断するものは、「横着」に切り捨ててしまう。それが知らず知らずに僕の成長を妨げ、限界になっているのではあるまいか。法律を勉強していても、論理的な流れ、バランスのよい結論よりも、人間の内面、生き方を問題視してそれをどうにかできないかと思ってしまう。だから、テストで点を取るため、法律知識を暗記する必要性を本気で感じられなかったのだと思う。

机の上だけでは社会は動かないよ

肝に銘じている。今でも100%受け入れることはできないんだが、努力する必要性は最初から感じているよ。

ウジウジした自己反省ブログはとりあえず今日で終わりにします。

以上

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暗記習慣の欠如

こんばんは、小ムロ哲哉をせつなく思うOSSです。

ブログを更新しない間、自分の弱点、至らなさを探し、向き合う日々を心がけていました。そんな中、僕は本当に本を読んだと言えるのだろうか、という思いを抱いた。昔からずいぶん本を読んできたが、本から情報を得る力はここ最近の方がはるかに勝っている。そういうわけで、本棚にあるかつて読んだ本を少しずつ読み直しはじめています。

読み方が違っているのだから当然だが、一度読んだ本でも前とは違った感覚で読める。これは読み方云々より、自分自身が成長し、安定しているのだと思いたい。

司法試験の勉強法関係の本を読んでいるとある一文に出会った。

「『今日はノートを作ったから、それを覚えるには明日にしよう』では最悪です」(柴田孝之著「司法試験機械的合格法」より)

昔も同じ文章を読んだはずなのだが、やはり自分のものにできていなかったようだ。最悪を認めざる負えない。

理解を残すためノートやカードを作成したり、PC入力に精を出すが、実際にそれを暗記する時間を十分にとれていなかった。原因はちょっとやそっとでは暗記できないほどの量を作ってしまうことにある。

もともと暗記することに心理的な抵抗をいるものだから、簡単には処理できない分量を突きつけられると腰が引けてしまう。ならば、そうなる前に少しずつでも暗記すればいいものだが、暗記を面倒に思い、比較的楽な暗記ツール作りに逃げてしまう傾向があった。

先日、ゼミに参加している女性が勉強しているところを見て唖然とした。次から次に鞄から出てくるカードの束、それ以上に寸暇を惜しんでチェックしているのであろう、手垢にまみれたカードと、ひたすら書いて覚えているのであろうノート。そのやり方の効率云々より自分自身の甘さを認めざる負えなかった。

暗記は毎日コツコツしないといけない。大量に暗記ツールをつくりいい気になるのはもうやめよう。暗記ツールは必要最小限つくり、覚えるべきものを確実に暗記する。暗記の時間を大量にとるべきだ。

そのように考え、毎日のノルマの一つとして、覚えたことを確認する記憶のメンテナンスとともに必ず何かしらのことを新しく暗記することを心がけている。

腐るほどものを考える僕の弱点、暗記習慣の欠如。

一日で覚えられることはたかがしれているが、継続したとき膨大な知識量となる。暗記習慣は生涯続けていこうと思う。

以上

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自らの至らなさ

こんばんは、OSSです。

更新をしていない間にいろいろとこの10年の反省をしました。そして、自分の至らなさ、弱点をいくつか発見しました。その中の一つに「沼とのつきあい方」があります(「沼」とは前回使用した比喩です)。

少し前に、とある俳優さんのスペイン紀行の番組がありました。放送前から大々的に宣伝されていましたし、結構好きな俳優さんだったので録画して後日視聴しました。

日曜の午後、安楽イスに座り、珈琲を飲みながら視聴。スペインと俳優さんの魅力でもって、深刻な環境問題に対する警鐘をならす番組だったのですが、ものすごく楽しめた。

別に大笑いするような内容ではなかったのだが、何というか、ゆったりとした気分で番組を見ることができた。こんな気分は久しく感じられなかった。もしかしたら10年ぶりではないだろうかと思えた。その間「沼の化け物」のことは完全に頭から離れていた。

思えばこの10年、常時いつも頭のどこかで「沼の化け物」のことがあった。仕事をしていても、人と話していても、そのことが頭を離れることはなかったし、一人で部屋にいるときは無意識につぶやいてしまう(たまに油断すると人前でもつぶやいてしまうことがある)。

「なんでなん…」「悔しくないと…」


こんな状態だから、まともに集中できなかったり、考えが煮詰まったり、砂を噛むような思いをするのだろう。まったく、とんでもない状況に陥ったものだ。

再び沼を例に取ると、僕はこれまでずっと沼に浸かったままの状態ですごしてきた。何をするにも沼に手足をとられ、不自由この上ない。時々、風邪など引いてぶっ倒れ、長時間寝ることができると、かなりリフレッシュした感覚を覚えるのは、日頃がストレスフルな状態だからなのだろう。

ストレスにさらされ続けると、ストレスに鈍感になるようだ。だから、ひとつのことを何時間取り組んでもなんとも思わない。しかし、客観的な作業効率はどんどん落ちる。その状態を続けていると、いつしか頭は考えなくなる。さらにその状態を維持し続けると、それが慢性的な状態になってしまう。気がつけば、沼の中でボーッとしている自分がいる。

ふつうは、そうなる前に気分が乗らないとか感じるものなのだろうが、はやく司法試験に合格しなくては、何とかして10年前のことに決着をつけなくては、という強迫観念がそのことに気づく余裕をなくしてしまう。僕の10年間の法律学習が大成しないのも無理からぬことだと思う。

先日の番組でゆったりした時を経験できたのでようやく自分の至らないところに気がつけた。これからはストレスに注意して、コストパフォーマンスをあげる努力をしなくてはいけない。10年の遅れを取り戻すのは並大抵のことではないが、まぁ、ボチボチ行きましょう。焦ってストレスためてもろくなことがない。

化け物と戦うためには、時には沼から上がり、日光浴などして英気を養う必要があるようだ。

以上

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お久しぶりです

こんばんは、ご無沙汰しておりますOSSです。

思うところあり一ヶ月以上更新を控えておりました。

ブログを更新しないのはとても楽です。その楽さ加減から、もうやめてもいいかなと思うときもありましたが、このブログの目的にまだ決着というかケジメがついていないのです。

ちょうど10年前の今日でした。

10年たった今でも昨日のことのように思えます。何度反芻したことか、自分が言った言葉を一言一句違えずに口にすることができます。そこに至る経緯をこの10年、考え、苦しまない日はありませんでした。

いろいろなことを後悔する反面、尽きせぬ怒り、憎しみに気が狂わんばかりになる。深まるようでいて堂々巡りのような思考。同年代の人間が着実に人生を歩み、出世して行く中、僕は10年という歳月を妄想の中で過ごしてきました。

例えるならば、僕は大きな沼に浸かっています。

その沼には「化け物」がいます。かつての自信に満ちた僕はその化け物を相手にする自信がありました。しかし実際に相手をしてみて、自分の無力さに打ちのめされてしまいました。

そいつに特定の実態はありません。この10年、そつは何度か、僕の前に姿を変えて現れました。しかし、僕はその正体を知っています。それは「人の弱さ」です。

今も沼にとどまっています。ここを去ることはできません。かといって、今の僕では自ら深みに潜る準備も勇気もない。

しかし、ここは精神衛生上非常に悪い。我ながらよくも10年ここに踏みとどまっているものだと思う。

多くの人が馬鹿なことはよせ、もう忘れろと言う。

しかし、思う。

忘れたらなかったことになるのか?

失ったものを取り戻せるのか?

一人くらい、人生かけて何かを伝えようとする男がいてもいいだろう。

わかる人間にしかわからない話です。

要するにブログ再開します。

以上

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