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寂しい年末

こんばんは、OSSです。

母が入院してしまいました。

数日前から、涙腺が詰まったと言っていた。最近の母はよく涙腺が詰まり、眼科にかかることが多かったのだが、今回は詰まった上に化膿したとのこと。右目がお岩さんのようになっていた。

町の眼科では手に負えず、今日、隣の市の大学病院に紹介状を持って行ったところ、その場で入院となってしまった。

退院の予定は30日だが、あくまで予定。このまま年を越す可能性もある。

OSS家にはクリスマスも正月もありません。

以上

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本命ゲット

こんばんは、OSSです。

最近、手に入れた個別指導の塾の仕事。高2生や体験受講生の相手で、今年の受験生の相手はさせてもらえない。そりゃ楽でいいなと思っていたら、受験生をあてがわれた。基礎は一応終わっていますとな。それでわかった。合格は絶望的だな。あてがう方も合格できるとは思っていないのだろう。問題解いて解説するだけで結構ですといわれた。

なんか不毛だよな。大学受験って、ただどっかに受かればいいってものじゃないと思う。僕的には人間として大きく成長する場、大人になるための通過儀礼という位置づけであってほしいのだが。

本人藁をもつかむ思いなのだろうが、直前講義で成績が上がるほど入試は甘くない。これまでの生活やものの考え方、自身のあり方を後悔、猛反省して、潔く浪人に備えた方が本人のためだと思うのだが、塾経営者としてはそれは口が裂けても言えないのだろう。

時に、就活の本命、予備校から、講師として採用させていただくとの返事が来た。世の中不況で大変な中、ありがたいことです。

新しく開校する校舎での仕事なので来春からの勤務となる。場所は県下一、日本有数の繁華街。近くには僕が入門講座を受講していた司法試験予備校もあるので、仕事の前後にそこで勉強できる。他に行ったことはないがWもTもI(サテライン校舎だが)、司法試験予備校は一通り全部ある。収入が安定するのなら、その街に引っ越すのも住むのもありだと考えているが、まぁ、来年の夏までは無理だろう。

その予備校のことを紹介している本を読んだが、その教育理念には少なからず共感できた。しかし、ネットでの評判を見るとあまりよくは言われていなかった。あまり期待も絶望もせず、足して二で割ったくらいだと考えておこうか。しかし、新しくできる職場というのはこれからいろいろなものができていくという意味で可能性がある。楽しみではある。

この業界からの撤退を考えてはいるが、世の中どこに行っても不況まっただ中。もうしばらく、慣れ親しんだこの業界で細々とやっていかねばなるまい。それにまだこの業界でやり残したことがある。すなわち、大学入試のみならず、法律学習にも通用する勉強法理論の完成実証。

以上

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芝居っけ

こんばんは、OSSです。

僕は、昔から人間裏表があってはならないと考えていたものだから、芝居が出来ない。自分という人間はそういう人間なのだと思っていた。

しかし、本当にそうだろうか。

いつでも、どこでも、誰に対しても自分を貫くことなんて出来ない。相手によって人称を変えるし、しゃべり方も変えている。裏表とは言わないまでも、完璧に我を通すこともおかしなことだと思う。むしろ、人間とは時と場合、立場によって仮面(ペルソナ)を使い分けるもののはずだ。

そう考えると、今の僕はそれが下手だ。中途半端といってもいい。

いつの頃からか言葉が流ちょうに出なくなった。何か話そうとすると、自分自身を客観的に見ている自分が、その内容に対する批判や、表現、仕草をこき下ろしにかかる。それもあって一頃司会教室に通ったが、発声練習ばかりさせられて、今もってうまくしゃべることはできない。技術的なことではなく精神的に問題があるのだろう。

しかし、昔はそうでなかった。人から「口から先に生まれてきた」と言われるほどおしゃべりだったし、主観的には立て板に水、弁舌さわやかであった。また、その頃はたいていのことは自信を持ってやっていたし、事実何でも出来ていた気がする。今にして思えば、あの頃はいろいろ考えることはあっても、今のように苦しむほど悩むことはなかった。それがよかったのだと思う。人間そうあるべきなのかもしれない。

あの頃の感覚を何とかして取り戻したいと思っている。

あの頃は、客観的に見れば、調子に乗っていた。その表現はあまりよくないが、調子に乗ることは悪いことではないと思う。つまり、その場にあったペルソナを使いこなせているということではあるまいか。

人はその時々で求められる役割がある。ある時は先生、ある時は子供、ある時は学生、ある時は一人の男etc

先生という役割が求められている時、自分自身を客観視してこき下ろす精神構造は必要ない。まして僕の苦しみや悩みなど生徒にとって無意味。生徒は僕から知識や技術、心構えを学びたいのであって、僕の個人的なことなどどうでもいい。

行為と心が一致する一心不乱の心境、「マスミ」の境地。できる人間とはそういうものではあるまいか。しかし、最近気がついたのだが、僕は先生として調子に乗ると、古風というか、芝居がかった言葉遣いになる。今時、生徒に「諸君」とかいって呼びかける人、珍しいよな。まぁ、いいか。それが僕の個性なのだろう。

ちなみに司法試験受験生のあるべきペルソナは、問題に対して杓子定規に条文を使って解決しようとする姿勢。条文だけでは難がある場合は判例でもって補完する。これでたいていの問題は解決する。ごくまれに、条文と判例で解決できない場合があるが、そういうときは学説を頼りにして問題解決をはかる。問題が解決すれば、そこで使われる知識やパターン等を理解して覚えておく。問題解決といっても根本的に解決するわけではないのだが、司法試験受験生のペルソナにそんなことは要求されない。自分の頭で考え、信念の宿ったオリジナルな解決法を要求されるのは実務家や学者のペルソナ。つまりプロの仕事だ。受験生ごときが法律でもって世の不条理をどうこうしようと考える方がおこがましい。

なんか小賢しい考え方しだした気がするが、とりあえず今は現状打破のために、世の中芝居っけなのだと考えておこう。

以上

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王法に救いなし

こんばんは、OSSです。

前回のブログで「不条理に対する怒りは追及しません」と言いました。これは僕にとっての大きな変化だと自負しています。

宗教学では法は王法と仏法に分類されるらしい。王法とは世俗権力を背景とした法。つまり今の日本では人権思想に基づく法律がそれに当たる。対して仏法とは、仏教に限定されるものではなく、一般的に宗教の教義となる。

今日の日本では国が宗教法人を認可したりするものだから、僕は王法が仏法を従えている、王法は仏法の上位にあると誤解していた。だからある意味僕は、王法の根底にある人権思想に救いを求めてきた。

ある時は人権思想に世の不条理を受け入れる力を求め、ある時は失ったものに対する怒りをぶつけ、ある時は今の世の中に対する違和感の責任を問うていた。

だから、法律学習で条文やその趣旨とケンカすることが多々あった。頭でわかっても、個人の尊厳、私的自治など言われた日には「おごるな人間! おまえに自由意志などあるものか!」と反発していた。

しかし、わかった。

人権思想に世の不条理をただす力ない。少なくとも今現在そんな力はない。ならば、割り切ればいい。法律などただのご都合主義でしかない。郷に入りては郷に従えという。王法の理を受け入れれば今の世が生きやすくなる。されば畢竟、法律学習が容易になるは道理。

それでも世の不条理はなくならない。割り切ったところで根本的な解決にはならない。されど、これまでの10年の獄もまたしかり。

ゆえに、クリアマインド。割り切りが必要となる。これは安易な妥協ではない。

まずは現状を打破するため、根本的な意識改革が必要と考える。

しかし、おのが信念に迷いなし。ゆえに進んで王法にくみしよう。

以上

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哀しみの峠

こんばんは、OSSです。

一昨日、僕が司法試験合格を報告したい人が亡くなりました。僕が再受験を決意したのはその方の余命が幾ばくもないことを本人から告げられたからでした。

間に合いませんでした。僕は人の期待を裏切ってばかりです。

昨日、今日と式に参加してお別れをすませました。

三人の子供が残されました。そのうちの一人は僕の教え子でもある。式の間、大きなハンカチに顔を埋め涙を流すが、それでも目はしっかりと見開かれていた。

よく見ておきなさい。

いつか君が大きくなったとき、君のお母さんから僕が何を教わったのか、教えてあげるよ。

不条理に対する怒りは追及しません。哀しみは峠を越しました。今は無力な自分に飽き飽きしています。

以上

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立つ鳥の迷い

こんばんは、OSSです。

今年の補じょ校業務が終了しました。

いやはや、ストレスでした…

何がストレスになっていたのか、この前の新しく勤務することになった塾で教えてみてわかりました。

否定されること前提のコミュニケーションってストレスですね。

「今日はこの時間これをします」

「なんでせないけんの?」
「めんどくせぇ」
「もう、説明いいけ、さっさと終わろう」
etc

事前にどれほど準備をして臨んでいるのか…、毎回へこみまくりでした。でも、そのおかげで、少々打たれ強くなったが。微妙な間の中でも涼しい顔して耐えられるようになりました。

時に、そんな補じょ校をいつやめるか思案中です。

就活の結果、ただいま結果待ちの本命が1つある。その結果如何で決めてもよいが、そんなの関係なしにもうやめる。あるいは思い切って続けるという選択しもある…

新しい塾で教えることになったとはいえ、そこで安定した収入は望めない。本命が採用してくれるとしても働くのは春以降だし、どういう勤務形態になるかもわからない。それに最近気がついた。

僕って、人脈がない

30過ぎで自営業もどきのくせにこれはいかんやろう。仕事上のつきあいは大切にしないといけない。だから、補じょ校と仲良くしておくというのもありだと思う。それになんだかんだ言って生徒は嫌いじゃない。

補じょ校は、頭でっかちで世間知らずの僕にとって、まさに未知の世界、価値観を根底から揺さぶってくれた。そのおかげなのか、自分の方から生徒に笑顔で挨拶できるようになった。前はそんな当たり前のことも出来なかったんだよな。

以上

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九ヶ月前まで取っていた杵柄

こんばんは、OSSです。

今日は新しく採用された塾に初出勤でした。

事前に少し情報が入っていたが、今日行ってみると指導予定の生徒が推薦合格したとのこと。校の責任者の先生はそれでも予定通り古典の指導をしてくださいと言った。しかし、看護系に合格した子に古典はいらないだろうと思ったので、生徒と話してみて内容変更してよいか聞いたところ了承してくれた。

久しぶりに補じょ校以外の生徒に教えた(つぶれた塾の浪人生は除く)。

まず合格を祝い、四方山話で距離を縮める。そして予定では古典の指導になっているがどうするか聞いたところ、生徒は僕の予習を慮ってそれでいいという。

感動した…

自分のことしか考えない補じょ校生徒なら絶対にもう無駄なことはしたくないと言うだろう。久しぶりに人間と会話した気がしたと感じたのは大げさだろうか。

しかし、生徒のことを考えると古典より大切なことがある。そこで大学で生きていくためにどのような考えを持つべきか、どんな能力が必要か、そのために今何をしたらいいかなどを話し、国語の範囲でその指導演習を試みた。

生徒は今までこんなためになる指導してもらったことがないと目を輝かせて聞いてくれた。

気がつかなかったが、時々校の責任者の先生が後ろから覗いていたらしい。指導後すばらしい指導であったとお褒めの言葉を賜った。

久しぶりに個別指導をしたが腕は衰えてない様子。10年近くこれで食べてきた事実は伊達ではないということか。

以上

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ブレイクスルーの片鱗

こんばんは、OSSです。

ここ最近ブログ更新が鈍かったのは、就活や仕事、勉強のためではありません。今月に入ってから、特にこの2、3日、とある作品のはまっておりました。詳しくは割愛しますが、その作品に初めて出会ったときにピンときた。そしてその作品に触れるたび震えるほど歓喜を覚えた。

ここに僕が求める答えのヒントがある。知るべきこと、気づくべきことに出会える。

それ以来、寸暇を惜しんで作品に触れてきた。また源氏物語がそうであったように古来より優れて難解な作品は注釈書が書かれる。現在は、ホームページ、ブログ等でその作品の解説、批評を見ることができる。中に素人ながら恐ろしくハイレベルなホームページを発見し、作品の区切りごとにそれをむさぼり読む生活を送った。

そしてとりあえず消化した昨日、心は確実に何かをつかんでいた。しかし、それが言葉にならなかった。どのように考え、なんと表現すればよいのか…。

それが今日、全く関係ない雑誌がそれを表現する言葉を教えてくれた。

ブレイクスルー

現状突破

そしてそのキーワードは作品とホームページから学んだ。

「クリアマインド」と「柔軟な心」

これ以上は長くなる。長くなったとしても今は的確に説明できる自信がない。これから行動しながらその意味するところを考えたいと思う。

充実する予感!

以上

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就活終了

こんばんは、OSSです。

10月くらいから数社に履歴書を出し、就職活動のようなことをしていましたが、今日最後の試験を終えたので就活終了です。

結果は、1社募集中止、2社採用(しかしその内の1社は会社都合で即日解雇)、1社結果待ちです。

現在、結果待ちのところが本命。来春オープンする予備校の講師職。いつぞや受けた某有名予備校の採用試験と違い、手応えは悪くない。首尾よく採用され、収入が安定するようなら今年いっぱいで補じょ校から撤収しようと考えています。

以上

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あぁ…、そうだったんだ…

こんばんは、OSSです。

補じょ校の生徒が朝から何か書き物をしていました。何を書いているのか聞いてみると、彼氏の誕生日用のお手紙らしい。

ふーん

生徒は書き終わると国語的におかしくないか見てほしいと手紙を持ってきた。正直、そんなプライベートな手紙をみるのは嫌だったのだが、生徒は見てくれるものと信じて疑っていなかったので、しぶしぶ読ませてもらった。

ちょっと…、とても言えない内容が書いてあった。

まぁ、そういうことを知られてもいいと読ませてくれているわけだから、それだけ僕が先生として信頼してもらえているのだと解釈しておく。しかし相手も偉いなと思った。偉いなと思ったが、大切に思っているのならそういうもんだよなと思う。

手紙には彼への感謝と信頼がるると綴られていた。

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信頼しているから、自分をさらけ出せる…

あぁ…、そうか…、そうだったんだ…

僕は信頼されていたんだな。そして期待されていたのかもしれない。

しかし、僕は期待に応えらるほど大きな器量を持ち合わせてはいなかった。今でも、持ち合わせていない。器量の大きな男でありたいという思いは、常にあり、そのための努力を惜しむつもりはない…。しかしあの期待に応えられる男というものには嫌悪感を覚える。

でも、期待されていたんだな…

僕も信頼していました。そして期待していました。今でも信じています。

長年考え続けたことの答えを得た、解決したわけではないが、少し気分が楽になった気がした。僕は生徒から今回のことを教えてもらうために補じょ校の門をたたいたのかもしれないと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その後、生徒は自作の詩を持ってくるようになった。正直、コメントに困っている。

以上

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